Ⅲ.楽曲解説
(CDについているセルフライナーと被らない内容にしてます、出来れば聴きながら、併せてCDのものもご覧ください)
1.未踏峰へ
「別にいらなくね?」という周囲の空気を無視して収録。本当は2番も3番もある曲ですが繰り返さずにサビみたいなものもあまり感じずにサクッと終わる、という曲はシューマンの歌曲やNOFXに影響されてますっていうとかっこよくないですか。アルバムにおける機能でいうとアビーロードの最終曲みたいなものをイメージしてます。
赤倉邸にて完全宅録。アコースティックギターはよしむらひらく氏のものを使用してます。思えば前作「桜桃、梨」でも同じギターを使ったものでした。ある種縁起もののようなものです。ありがとうございます。
2.バグとデバッグ
メジャー進行の曲が少ないルロウズにおいては珍しくそこはかとないアンセム感すらある曲ですが、超オーセンティックなダウンビート+タンバリンの基礎ビートにバグとして歌の3連符とベースの5拍子が入り混じる実はクセだらけの曲です。
この、「実はクセだらけ」っていうのが『PIDJINSONGS』以降の曲でやりたかった事のひとつで、いちばん最初に耳に飛び込んでくる要素をもっとキャッチーで大らかな感じにして、変拍子やリズムの遊びを後景化させてバランスをとる、深みや旨み、コクの要素として存在させるというのを狙いました。と同時にアレンジのバランス感を共有するときに料理の比喩が上手くいくというのも知りました。
スライドギターと口笛は上田氏によるもの。それらとケビン氏による足踏みオルガンふうシンセ、ピアノ、メーテル氏のコーラスにリバーヴの網を張り巡らしてまとまり感と独特の浮遊感を醸し出しています。中盤からのメーテル氏のコーラスは即興的に録音した感覚的なものですが超いい仕事してます。ドラム/ベースソロ部に中期ビートルズふうコーラスのプラグインをかけて非現実感というか鏡の向こうの世界感を出しているのは聴こえるでしょうか。
終盤のコーラス部でピアノ、コーラス、スライドギターが入り混じる部分の高揚感、充足感はなかなかのものでないでしょうか。
歌詞は手書きアニメのようなイメージの連鎖を歌っているだけですが楽曲の感じと折り合いがついていて、そのつもりはないですが前向きな感じに読むことも出来て、お気に入りです。
3.ユスリカ
ベーシックのアレンジに鬼のように苦労した曲です。裏地に拘る粋な江戸っ子のように4小節の捉え方がギター/歌とベース/ドラムでは違っていますがそれほど目立ちすぎないようにしてます。ピークのところで敢えてローの要素を消したり、アクセントをイヤな感じで動かしたり、モワモワした鬱陶しさのようなものを手を替え品を替え表現しています。またこの頃デレク・トラックスに夢中になっていたためスライドギターをどうしても入れたくて無理やり背景として入れました。
ケビン氏が100ユーロで買った鍵盤系プラグイン(名前は忘れました)がこのアルバムでは大活躍してるのですがこの曲のホンキートンク部でも大活躍。鍵盤のコンディションを悪く設定するとディスプレイがどんどんボロボロに表示される感じがニクいやつでした。
極端なアレンジを怖がらずに実験しだしたのもこのアルバムから。当初「重心をめちゃくちゃ上げる」というオーダーをエンジニア鈴木氏にしたものの強烈に良くなくて全力で謝ったのを今でも覚えてます。ローは大事。
歌詞は誰の心にもある(かもしれない)無邪気なタナトスについて。ここから飛び降りてみたら。いま車が自分の方へ突っ込んできたら。
4.あとで
録音時にはお茶を濁す的小曲と思っていたものの出来上がりがとても誇らしいものになったパターン。完全にケビン氏のローズのおかげです。凍えるような感じと一筋の光のような温かさ。ヘッドフォンミュージックの感じ。
ビョーク的なトイピアノ+ディレイのセカンドヴァースやコーダ部のくだりが特にお気に入りで最後の音の消える瞬間の処理などは一際注意を払っています。
『CREOLES』ベーシック録音のセッションでいちばん最初に「簡単だから」「準備運動的に」という理由でこの曲から取り掛かり始めたのですがヘッドフォンでのモニター環境をベストな感じに調整出来なくて予想外に苦戦しました。山本氏はそのためクリックに寄って行くような、借りてきたネコ状態の窮屈な演奏になってて、けどそれも結果的に全体感としては辻褄あってるのかもしれません。
歌詞は当初特段意識してなかったものの、OTOTOYインタビューで指摘された「311感」は否めません。器から漏れ出してる/想定外/吹き零れる/地面の下/壁に沿って/未来永劫。
5.衛生的な人
そもそも録音時点で7割くらいの完成度/習熟度、もちろんベーシック録音も必死そのもの、さらに致命的に小節数を間違えたりしていて収録するかどうか途中まで悩んでいた曲です。が、アルバム全体を通してマイルドな曲が多かったので鋭角的な曲も欲しくなり、オーバーダビングの粋を尽くしてドーピングまみれで成立させました。そんなリサイクル的テイクですが結果的には狙い通りの感じに仕上がり気に入ってます。
ギターの重なるアレンジ、コーダ部ノイズなどはベーシック録音後に共演した西田修大氏のアプローチを参考にしました。5拍子の曲なのですがアルバムを通していちばんストレートなロック感のあるふうに聴こえるのではないでしょうか。
ディストーション系のギターは大体セルフで録音してるのですが段々好きな音に録音出来るようになってきました。「ギターを聴け!」的曲その1。
歌詞は衛星、と衛生、のワードが出てきた段階でもう8割出来てました。確かこの時衛星に関する何かしらのニュースがあったような。。
サンサンコーラスはドイサイエンスオマージュのつもりですが先日共演した本家はこういう使い方はしてなかった。当方の妄想が強めでした。
6.inferior/superior
この曲はスタジオセッション中ふざけて作ったリフがきっかけ。16分音符のウラを狙う意味もなければ途中でオモテになる意味も全くない、ナンセンスそのものな出だしから結果的にいちばんポリティカルなメッセージ性を持つ?曲になりました。アフロビートを3人でやったら、という裏テーマが…みたいなことをこの曲を人に説明するときに言うのですが冷静に聴いたらアフロビートにこういうビートは目下ありませんでした。すいませんでした。その意味でもフェイクそのもの。
アフロビート(と当時思ってたムード)を換骨奪胎して3人で謎の骨組みに改造してベーシックを録音、そこからコールアンドレスポンスやオルガンなどアフロビートらしい要素を足していくというカツオ出汁からミネストローネを作るような奇妙なスタジオワークは最高の知的興奮がありました。山本氏のヤケクソそのもののコンガ(単なる連打)、超雑なクラベス、全員での「on the corner」に影響を受けたふうの適当なハンドクラップ、ケビン氏のニヤニヤしながら弾いたオルガンは全部うるさすぎてミックスでグッと下げましたがどれも笑えて最高です。
アフロビートの音ではあまり聴かれないスティールパンも、誤解してる感アリアリでいいのではないでしょうか。
ライブでは録音より30くらいBPMを上げてやってますが最終的にジプシー超絶バンド系くらいまで加速した演奏で出来ればと思ってます。
7.群盗
『CREOLES』の曲順はレコード化を視野にいれて考えてましてこの曲はB面1曲目だよね、というイメージだったのですがLPの収録時間的にどうやらこのアルバムを本気でLPにする場合2枚組になっちゃう、と聞いて青ざめたのを覚えてます。
4拍子ですがリズムがスリップするのと小節数が奇妙なので割とクセが強い曲です。
純朴なディアンジェロへの憧れ。とグランジオマージュのコード進行。ベースやドラムのミックス時の配置はたくさん議論しました。超背景化されてますがひとり多重コーラスやローズの感じ、そして上田氏と私でコンペをしたワウギターの感じ、クリップ感など「汚し」の要素を重視しました。
ワウはillMilliliterオガワ氏のもの。今回のレコーディングではワウとスライドバーのサウンドが楽曲に与える影響の大きさと面白さを節々で感じるものでもありました。
8.鋏のあと
The Beatles「Tomorrow never knows」とMiles Davis「Rated X」、それにPrimal Scream「Accelerator」のアホっぽさを足したノイズまみれの現代サイケふう小品。メロコアから抽出した基礎ビートのジャーマンロック感含め非常にお気に入りの曲なのですがこれまでライブで演奏していてフロアから快いリアクションがあった試しがありません。
ミックスでは飽和感にほぼ手を入れず鈴木氏曰く「ケツの穴のデカイ感じ」を大事にしました。マスタリングもそこに倣っています、がもっと極端にウルトラスーパーコンプまみれにしてもよかったかもしれません。
爆音でこの曲を聞いてほしい曲。昔のダイヤル式テレビで中間のチャンネルにした時の砂嵐と辛うじて受信してる映像のあわさったカオスな画のような、そんな曲です。歌詞もお気に入り。
9.レクイエム
six o'minus、ex.SAITH、故深沢健介氏に捧げた曲。「アルカリ」も「ドアノブ」もSAITHの曲です。もう彼が亡くなってからだいぶ経ちますが未だに私は彼の時間の延長を生きている気がするときがあります。その意味でも演奏たったひとりの「未踏峰へ」より性格としてはさらにパーソナルな曲。
3人で演奏してもあまりパッとしないのでこれまでLOOLOWNINGEN KOVITO ENSEMBLE(アコースティッククインテット)や先日のワンマンでしか演奏してません。メーテルのコーラスが素朴ながらとてもいい仕事をしています。
10.黒白の虹
『PIDJINSONGS』収録の「象を撃つ」という曲のアウトロ部にこのセクションがもともとあったのですが蛇足に感じたため2曲に分かれました。確か「象を撃つ」の最初期のライブ演奏ではこの曲も連続で演奏していたはずです、nhhmbaseマモル氏が前作のライナーでこのテーマの目線の違う曲を聴いてみたいという旨書いていましたが実は存在してて、それがコレです。
不明瞭な感じながらベースが超いい仕事をしてます。キックの音を心拍音に近づけたり、鍵盤のディレイ感や松原明音氏のトランペットの処理などポストプロダクションを張り切った曲の1つ。全体的な心ここにあらず感は意図的なものです。
11.未明のパレード
何故?とマスタリングの際にスチュアート氏からも言われましたが特に意味もなくモノラル録音。エミール・クストリッツァの映画の死生観や祭りの感じにインスパイアされてますが別に伝わらなくてOKです。「ギターを聴け!」的曲その2。中盤のセクションはレッドツェッペリンの「アキレス最後の戦い」のヒリヒリしてて同時にスピーディな感じを意識してますが別に伝わらなくてOKです。
ケビン氏のくぐもったピアノ、私は大好きなのですが山本氏、上田氏からはグルーヴに合わないんじゃないかとケンカになった曲です。またスレイベルを使用してますがクリスマス感が当社比出なくてよかったです。
全体に生々しさというよりまとまり感や煙たいムードが欲しくて確かほぼ全部の楽器にそれぞれごく浅いリバーヴがかかってます。アンビエンス感の調整をはじめ、ミックスの立会いで凄く色々と勉強になることばかりでした。
12.リボン
この曲はギターはバックアップのみなのでプロデューサー的立場をより強めにアプローチしました。まず何といってもメーテルの声。たぶん20~30テイクくらい録音したのですが保存の仕方がヘタでどれがベストテイクかとかわからなくなったりしてました。あちこち逆回転やダブル/トリプルトラックなどで使ったので実質廃棄したトラックはなかったかもしれない…、鈴木氏にミックスで渡すときは片付け下手が祟り膨大なトラックを渡す感じになってしまいました。
1本のリボンが空間をたゆたうような音像、というのをこの曲に関わった皆がフル理解してくれたおかげで、断続的なレコーディングだったにも関わらずすごく焦点の合った作品になりました。ケビン氏のピアノ、根本潤氏のサックス、そして山本氏の躍動するドラムがハイライト。
全体を通してGリディアンゴリ推しなのでソロもラクチン。この曲も3人では演奏出来ませんがいつだってやりたい曲です。ルロウズはキモい偏執狂的バンドだと思われがちですが、いつだって美しい旋律を重視しています!
*
試聴やお求めも下記レーベルサイトでまとまってます!
http://www.andrecords.jp/blog/catalog_detail/124/