20210220

688(『MITOHOS』インタビュー:miu mau)

 

年末にリリースしてロングセラーとなっているコンピレーション『MITOHOS』恒例のインタビュー、そろそろこのページが何のページかわからなくなってきたので終了するのですが、そんなところに素敵なインタビューをさせて頂きました。今回はDEAF TOUCHレーベルオーナーHessaumがベストに挙げていたmiu mau高島氏のインタビュー。元レーベルメイトだし割と以前からのご縁だったのですが、改めて高島さんは本当に誠実/実直な人だなあ、私も人に対してそうありたいなあ、と節々で気付かされる爽やかな風、清らかな水のような一連のやりとりをさせていただきました。


miu mauは高島さんソロ(coet cocoeh名義含む)や百蚊、雅だよ雅、SACOYANSなどなど皆さんそれぞれが広く活動をされていて、メンバーが各々独立した世界を持っているように感じられる一方で音を聴くと堪らなく”バンドらしさ”を感じられて本当に良いバランスだなあと思います。元々のバンドの成り立ちや現在のスタイルになった経緯などを伺えませんか。


高島(以下T):熊本を拠点に活動していたバンドが活動休止になり、しばらく経った頃で、福岡で新しいバンドを始めたくて、私から二人にデモが入った音源を渡して声をかけたことが始まりです。

二人のライブをそれぞれに拝見していたのですが、イメージがふわっと広がって色々結びついたので、みわこちゃん(dr)は音楽の友人を介して、ひろみちゃん(梶原:gt)は不躾ながら突然声かけました。初スタジオでは嬉しさと緊張が入り混じっていたことは覚えてます。


高島さんの中にmiu mauの音に対するビジョンがあって、そこにお二人を誘ったという順番なんですね。


T:当初はドラム、ギター、キーボードのベースレスで、数回ライブを行った後にシンセベースを取り入れ現在のスタイルになりました。「Fanfare」という今でも続けている自主企画で初ライブ(2007年)、同時にEPもリリースしました。

ひろみちゃん、みわこちゃんは当時から現在も多忙ですし、それぞれが基軸がある上で調整していて。環境も生活も長い期間の間にそれぞれ変化しているので、お互いのペースを守りながら、ずっとマイペースな活動をしています。私自身は二人にいつもいつも助けてもらっています。

赤倉さんとはmiu mauの1stの東京レコ発(2008年)の頃からなので、すごく長い期間miu mauを知ってくださっていますよね。良いバランスとそう言っていただけるのはとても嬉しいです。


なにげにレーベルメイト(PERFECT MUSIC)だったんですよね!いまもこうしてご縁を頂けるのがうれしいです。


時にミニマル、硬質と評されるmiu mauの音について、「無駄な音は鳴らさない」「凛としている」という意味では確かにそうなのですが、 私の印象としてはライブのイメージ含めて楽曲の表現に忠実であるという感じでクールさは常にありつつも、梶原さんやみわこさんの弾ける/煽るプレイもあってラウドだしロック的フィーリングがありますよね。サウンドにおけるインスピレーション、また楽曲内で大事にしているものはなんですか。


T:楽曲の原型というか枠組み的なものは私が作り始めることが多いです。デモを作る段階で、まずは指標になるビートのようなものを仮に決めて、それからイメージを段階的に広げています。何か特定のジャンルのマナーとかを踏まえることはないです。鍵盤でシンベなどを弾いたり歌ったりしながら地道に。

ただ、歌詞については一番最後に作っていて、言葉のひらめきがあるまでなかなか定まらないです。映画やファッション誌などを見て作ることもあれば、中洲のネオンから着想を得たこともあり、視覚的なところにきっかけがあって、そこからコンセプトを設定してイメージを膨らませることが多いように思います。


毎回デモを二人に送る前には受け入れてもらえだろうか、、、と気持ちに緩急がありますね。スタジオで音を出すと一瞬でmiu mauの音になるので、二人のスキルの高さ、音楽の幅広さ、懐の深さみたいな部分、いつもすごいなぁと思っています。みわこちゃんは構成やタイミングなども込みでほぼ完璧に曲にアプローチしていて、ひろみちゃんははっとする電撃的な音(サウンド)を鳴らしてますね。私はギリギリまで歌詞を書き換えることが多いです(笑)。

二人の個性的なサウンドの源については謎めいていますが、私の個人的な目標というかアプローチとしては最小限は最上級にかっこいいというか、そういう音楽に刺激を受けることが多いので一つの理想ではあります。でも、最小限の捉え方はmiu mauの中でも統一していなくて、その違いとか迷いみたいな部分が良い意味でこのバンドらしさにつながっているのかなと思ってます。


私が香川暮らしになってからはスタジオに入る機会も限られてきたし、久しぶりに3人揃って会うのが次のライブ、ということも無かったわけじゃない…というかよくあるので、そういう意味でも、miu mauのライブはある種の即興性があると思っていて。

それは、音の配置は変わらなくても、演奏するメンバーの元々持っているロック的な捉え方が良い意味で可視化されるような感じ、というか。そういう部分が赤倉さんのいうフィーリングになっているのかもしれないです。


自身で書かれていた創作メモに完全リモートで作った、そして高島さん個人としては難しかったとありました。具体的な内容など含めて創作時のエピソードをお聞かせ頂けませんか。


T:これまで通りであるならば、福岡でスタジオに入って制作していたと思います。赤倉さんからお話しをいただいた頃、三人で同時にレコーディングというのがタイミング的に難しかったことと、コロナの影響もありますし、これを機にリモートでファイルのやり取りをしながらレコーディングしてみようということになって。ざっくり構成が決まっている枠組み的なデモを元に、各自で録音しました。

最初はドラムで、このドラムの演奏にひろみちゃんと私が付いていくような形で新しさを取り入れていこうと。これまでの最小限のスタイルではなく、端々に音を重ねることにしました。


今回の楽曲は歌詞がなくヴォカリーズになっています。


T:ドラムとギター以外のアレンジを考えていく段階で、歌詞もつけてみたのですが、聞かせどころがいっぱいなので、多層的な声は入っていますが、言葉をのせなかったことでサウンドにも余白が生まれたかなと思っています。

音を間引いたり、配置する部分の難易度は個人的にとても高かったですね。でも二人の演奏からとても気付かせてもらえた1曲になりました。


タイトルの由来についても伺えますか。


T:タイトルは、クラシックなどで使われている音楽用語「自由な速さで」という意味の速度記号のひとつです。世界共通の言葉にしたいと考えて、三人で相談しながらみわこちゃんが最終的に選出しました。

スタジオで顔を見合わせて作り上げていくこと、良い音で録って残していく、というこれまでのセオリーとは全く違ったため、レコーディングは全員試行錯誤しましたが、なんとか完成でき、2020年だから作れたmiu mauにとっても貴重な記録になりました。コンピ参加曲全曲素晴らしくて、私たちも参加させていただいて本当にありがとうございました。


梶原さんみわこさんは現在福岡、そして高島さんは現在香川に住んでいらっしゃいます。もともと出身は熊本と伺ってますが、そうした色々な場所と音をご存じの高島さんから見て、いまの香川のシーンやそこからの自身へのフィードバックについてはどう感じてらっしゃいますか。


T:私は拠点を聞かれると気持ち的には九州と香川が半分ずつという感じですが、その時々に住んでる街で音楽を作っています。どの街にも生活を続けながら長い期間音楽を鳴らし続けている方々がいることが本当に素晴らしいことだと思ってます。


香川のシーンについては語れるような立場ではありませんが、TOONICEがオープンしてからは、九州で体感してきたライブ環境ととても近い感覚があります。オーナーの井川さんの元に県内外から音楽の好きな人が集まってきているという印象です。私自身は香川暮らしになり演奏する機会は少なくなりましたが、ジャンルで括らないライブやイベントに行く事は多くなりました。国内外からツアーで回っているミュージシャン・DJを招いてオーガナイズしている方もいらっしゃいます。

他ジャンル同士の接点は近めだと思います。そういう場所で出会った方に声をかけて、イベントを企画したり、ツアーミュージシャンのライブを時々手伝ったりしています。音楽好きの方や、DJの方に出会う機会がとても増えて、リスナーとしての音楽の幅が広がったおかげで、九州にいた頃とはまた違う音楽の出会いや学び方が得られてます。miu mauの曲作りにも影響があると思います。


今後出したい音のイメージや活動のビジョンなど伺えますか。


T:そうですね、年齢を重ねると、着る洋服やヘアースタイルが変化していくように、音への接し方も新たな捉え方で作っていきたいな、という気持ちがあります。

音のことだけでいうと硬質さはそのままにミニマルかつ複雑さ、立体的?建築物ぽさって言ったらいいんでしょうか、そんなニュアンスを取り入れていきたいです。実際、そういう曲を少しずつ作り始めてはいるけど、状況的には曲を作っていくのには時間がかかるかもしれないですが、お互いのアイデアを活かしながら作っていけたらいいなと思っています。

個人的にはいつの日かレコーディングしたいですね。活動については、これまでと変わらずの私たちのペースで続けられたらいいなと思ってます。


miu mauの音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


5枚ではないのですが、miu mau始まりのきっかけになった曲やアルバムを選びました。

中森明菜 / 「禁区」

Tom Tom Club / Wordy Rappinghood

Stereo Lab / Cobra and Phases Group Play Voltage in the Milky Night

Sonic Youth / Daydream Nation

20210213

687(『MITOHOS』インタビュー:キツネの嫁入り)

 

『MITOHOS』インタビューもう少しだけやります!今回は京都のオリエンタル・プログレッシブジャズ、キツネの嫁入りよりリーダーのマドナシ氏に話を伺いました。”スキマ産業””スキマアワー”という主催イベント/フェスを通して、自分たちや自分たちの信じる音たちの界隈を盛り上げようとする姿勢には強く共鳴しますし、あとはエグいけどカラっとしてるマドナシ氏の言う悪口が個人的に大好物です。


キツネの嫁入りは最近またメンバーチェンジがありましたが、DEEP PURPLEみたいにパーソネルマップ作れるくらい初期から色々と変遷がありますよね。元々のバンドの成り立ちと現在のスタイル/メンバーになっていった経緯を教えて頂けませんか。


マドナシ(以下M):最終的にはオリジナルメンバーがいなくなるナパームデスあたりを目指そうと思ってます。ざっくりピアノ/アコーディオンのヒサヨとアコースティックギターの私マドナシ二人で歌があるアコースティックな音楽をシンプルにやろうと始めたつもりが、「やっぱもっとロックな」「やっぱもっと変拍子が」という欲求にそって人が増えて行きました。

2020年時点で、私の中で、改めて理想とする音楽、活動スパンを見直しました。それを再現するために、メンバー各々に考えを問い、相談した結果、現編成(歌・アコギ・ピアノ・サックス・コントラバス・ドラム)になりました。





緊張感、変拍子、音数/言葉数の多い点描のようなアンサンブルと並行して特にシニカルなリリックが印象的です。アレンジメントはワンフレーズ/歌詞の一節を持ち込んでバンドで膨らませる手法って聞いた事があるのですが、言いたいリリックが先にあるのでしょうか、それともフレーズのモチーフなどが先なのでしょうか。またサウンドにおけるインスピレーションや楽曲内で大事にされていることは何ですか。


M:曲によりけりですが、最近はフレーズからのが多いっすね。リリックは思いついた時にメモってるのが膨大にあって、それを当て込んだりもします。インスピレーションや楽曲のポイントとしては、色々経緯ありましたが、現時点では「私が納得いっている」が一番重要で、そん次に「メンバーが楽しんでできる」になります。第一には、自分らのために作ってるもので。


今回提供頂いた「狂想 2020」は2017リリースの『ある日気がつく、同じ顔の奴ら』収録のリード曲の現メンバーでの再録です。前作のテイクも良いものだと思ったのですが、今回再度この曲を取り上げようと思ったきっかけって何なのでしょうか。


M:新曲のアレンジが間に合いませんでして(w ってのと、編成は変わってきましたが、常に私は、「今」が一番ベストだと思っているので、「今」の編成で過去の曲全部録り直したいと編成が変わる度に思っています。現実問題不可能ですが。

あと、この曲は特に、頭の中で鳴っている音を旧アレンジでは再現できなかったので、現編成で完成した印象が強かったため録音してみたかったという理由もあります。


キツネの嫁入りは『スキマ産業』『スキマアワー』というイベントを京都で継続的に主催していて、有名無名を問わずに強度の高いミュージシャンを招聘しています。そこには自分たちのブランディングもあるとは思いますが、私にはもっと俯瞰した、京都や自分の居場所/シーンへの意識的アプローチ、献身的なモチベーションを感じられます。マクロ的に括られる京都のシーンについてどう思いますか、そしてその中でどうあろうと思ってますか。


M:他の人がやってへんからやってるという至ってシンプルな発想と、あんまし面白いイベントもなかったので始めました。で、バンドを続けていくうちにお世話になった人たちも出てきて、そういう人達への恩返しの意味でも始めました。

しかし、その後、色んなイベントが開催されるようになり、面白いイベントも増えてきたので、企画頻度が減りました。立成小学校という特殊な場所が使えなくなったのも理由の一つですね。京都の音楽シーンというのは、あまり肌に合わない部分もあるので、居心地よくしようと思って始めた経緯もあります。


京都に音楽的な居場所がなかったという事でしょうか。


M:基本的には、過去の何かに対するリスペクトが顕著にわかりやすく出ている表現が良しとされる街だと感じています。その中で我々のスタンスは、基本的にはいろんな人に聞いてもらって好きになってもらえればええな、でも流行ってるの見たら、そのハードル超高いな。というあたりです。


現在新譜のレコーディングが始まっていると聞いてます。今作はどういった音を指向していますか、そして今後どういったものを作っていきたいと思ってますか。


M:私が歌いたい歌・作りたい音楽を作った音になります。そういえば全曲、セッションではなく私が作りました。あと珍しく打ち込みで作った曲が半分ぐらいあります。今後は現メンバーでセッションとかからも作りたいですね。現状シンプルに時間の都合上それができず一人で作ったという経緯があるため。


キツネの嫁入りの音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


M:

Lanterns/Son Lux

MEZANINE/MASSIVEATTACK

AENIMA/TOOL

Continuo/Avishai Cohen

Life Story/THA BLUE HERB



キツネの嫁入り(Kitsune No Yomeiri)

マドナシ、ひさよ、猿田健一、北村信二、伊藤拓史

2006年より活動開始。gyuune casetteより1st Album「いつも通りの世界の終わり」、2ndAlbum「俯瞰せよ、月曜日」、P-VINE RECORDSより3rdAlbum「死にたくない」、4thAlbum「ある日気がつく、同じ顔の奴ら」をリリース。歌・アコースティックギター・ピアノ・サックス・ドラム・コントラバスという編成ながら、プログレ・ジャズ・ロックを基調とし変拍子を取り入れた音塊。主催イベント「スキマ産業/スキマアワー」では、廃校・ライブハウスを舞台に、UA、ジム・オルーク、THA BLUE HERB、山本精一、大友良英、向井秀徳、トクマルシューゴ、高野寛、二階堂和美、キセル、石橋英子、タテタカコ、predawn、テニスコーツ、コトリンゴ、MUSIC FROM THE MARSといった多種多様なアーティストを招聘し続けている。まだまだ自分たちが楽しめる音楽への追求が止まらないため幾多のメンバーチェンジを経て現メンバーに至る。

20210209

686(『MITOHOS』インタビュー:GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGE)

 

『MITOHOS』インタビューも好評、本当にありがとうございます。今回は私たちにとって音のみならずスタイル含めいちばん影響を与えた(そして与え続ける)アイドル、インスピレーション、GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGEよりdead k氏に話を聞いております。仲良くしてもらってるものの私にとってはずっと憧れのバンドです。


今回のコンピレーションアルバムは海外へのアプローチを意識した音、ラインナップにしました。私にとって以前から常にひとつの指針となっていたグリンミルクの活動なのですが、そもそも皆さんが当初USツアーを思い立ったときにロールモデルにしたバンドはいるのですか、また当時のツアーと直近のツアーはどう違いますか。


dead k(以下K):モデルとして意識したバンドは特にはいなかったと思うけど、米アンダーグラウンドシーンに飛び込みたいと常々思っていたので、アメリカのレーベルやバンドにコンタクト取りまくっていましたね。今と昔の違いについては、前はアメリカでブッキングエージェントがついていたので大規模ツアーを組みやすかったけど、今は自分たちで各地の友達と連携してやっているのでマネジメントするのが大変ということかな。ただ、今は行きたいところも対バンもアレンジに自由が利くのが利点ではあると思います。


2020年春には中止となったものの2度目の大規模なEUツアーを予定していたようでしたが、次の活動のビジョンは北米でなくEUなのでしょうか?


K:欧州に関してはポルトガルのYA YA YEAHというブッキングエージェントからオファーがあったので、テストも兼ねて一度回ってみようという感じでした。欧州は前時代のグリンミルクでは未開拓だったので、今後は出来るだけ色々なところを回ってみたいと思っています。アメリカももちろん行き続けたいし、他にもアジアや南米やアフリカにも行けたらですね。


ゼロ年代中盤~後半の"NEO UNDERGROUND"という運動はいま考えてみるといまの私の『MITOHOS』リリースのモチベーションに近いものを感じます。日本のアンダーレイテッドなバンドたちをシーンとして海外に表現する。ネットの普及やサブスクなど現在とはまた違う状況だったと思いますが、運動の中心にいたdeadK氏としては当時をどう総括してますか、そして現在の自身の活動への影響はありますか。


特に何もできていないので大きなことも言えないのですが、、個人的な所感ですが当時何度もアメリカを回って見て強く思ったのが、カレッジラジオや地方紙、バーなどの地域コミュニティーとローカルミュージックがうまく結びついて回っていて、その状況がとても羨ましかった。東京も負けず劣らず面白い音楽がたくさんあるので、もっとうまく持続的に回っていく状況、アンダーグラウンドミュージックシーンをサポートして可視化する方法を作れれば、と提唱したかったですね。

今でもそう思う気持ちに変わりはないですが、何よりも好きに音楽やるのが一番良いと思います。


提供して頂いた新曲にはびっくりしました。物語性/抒情性の強いグリンミルク節といった展開はほぼなくてミニマルな(じゅうぶん入り組んでるけど)構造、そしてdeadK氏のボーカルが過去一聞こえるミックスになってます。Hessaum(DEAF TOUCHオーナー)と2人で驚きました。これは数あるバリエーションのうちの一つなのでしょうか、それともバンド全体としての2020年代のベクトルなのでしょうか。現在のバンドの作曲のモードを教えてください。


K:今まで時間を区切って作ったことはなかったのでこういう形に落ち着いたとは思いますが、それが自分たち自身でも新鮮な体験だったかと。僕らは基本的にはお互いのパートに口を出さないので方向性は3人みんなそれぞれだけど、自分のギターに関しては可能な限りワンリフで攻めたいというのがあったのでこうなったのかな。ボーカルに関してはヘタクソでもメロディーがあるものをやりたいので、こういう路線も増やしていけたら良いなと思います。


昨年はコロナショックでライブバンドたちは軒並み足元を見つめなおす、見つめなおさざるを得ない1年だったと思います。ライブアディクトの皆さんはモチベーションはどう保っていましたか、そしてどういった活動をされていましたか。今後のビジョン含め聞ける範囲で伺えませんか。


K:ライブできないのは辛いけど、曲作りをする良い機会なのかなとも思います。アルバム作ってコロナ明けたらツアー再開するというのが目下の目標でしょうか。もうしばらくは難しい状況が続きそうだけど、バンド力を落とさないように踏ん張りたいですね。

コロナ始まってからは表立った活動は少ないですが、昨秋のラスベガスのLIFE IS SHITフェス用にライブ動画作ってUPしたのは、あれは自分的には楽しかったですね。


GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGEの音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


K:最近、久々にボンスコット時代のAC/DCのライブを見てたけど、やっぱ最強だなと。後はSLAYERかな。SEASONS IN THE ABYSS。メタリカのジャスティスも外せないですね。


GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGE

GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGE was formed by dead k, A and benjian in 2001. benjian was changed to T in 2003, then released 2 full-length album and some records, did many tours all around the us. T left in 2007, then Margarette H joined in 2008 but the band stoped at the end of 2008.

in 2016, dead k, A and the 4th bass player Damo starts GMFTPO together again. PROGRESSIVE ROCK NEVER DIES.

20210205

685(『MITOHOS』インタビュー:喃語)

 

12月にリリースしたコンピレーションアルバム『MITOHOS』は、ルロウズがこれまで全国で出会ってきた独自の音楽を紡ぐ人たち、そして得てしてアンダーレイテッドになっている人たちをひとつのかたまりとして全世界にアピールする目的ではじめたプロジェクトです。主観上等、ジャンル横断(だけど主観的なキュレーションだからロックバンド多め)、現在進行形、という3点を大事にしてセレクトしましたがその中でもグリンミルク、スッパさん、miu mauとともにいちばん古くから繋がりがある札幌の変態、喃語のリーダー武田氏にインタビューして頂きました。怠惰なのか真面目なのか、雑なのか丁寧なのか未だによくわからない、謎と冗談と愛に包まれたナイスガイの声をどうぞ。


武田(以下T):ちゃんと挨拶したいのでここにぶち込みます、まず初めに今回このような貴重な機会にお誘い頂きまして本当にありがとうございます。素晴らしいコンピに参加出来たことを誇りに思います。それでは満面の笑みで答えていきます


改めてプロフィールを振り返って吃驚したのですが、喃語はルロウズと同じキャリアなんですね(2010年結成)。元々のバンドの成り立ちや現在のスタイルになった経緯などを伺えませんか。


T:喃語を2010年くらいに始めたって事は何となくわかってはいたつもりですが、11年目になる、と考えると少し気が遠くなりますね。

記憶能力が完全に終わってしまっているので定かでは無いんですが、喃語は全員同じ大学の軽音楽部出身で僕がゆらゆら帝国のコピーバンドをやりたくて結成されました。僕は大学に入る前に「とびだせ!おともだち」というバンドをやっていたんですが、作曲にほぼ携わなってなかったので、次第に喃語でオリジナルの楽曲をやろうとするムーブメントが起こりました。2012年に前任者のベースがやめてしまったので、後任者の照井(照井茜:ba)が参加して今に至ります。


嘘ももらえませんか。


T:元々全員がルンバとしてこの世に生を受けてそれぞれスリッパなどを華麗に避けながら床を這いずり回っていたんですが、ある日仕事を終えて充電を始めると目の前が真っ白になるくらい明るくなって気がついたら人間の姿に変わっていて3人とも同じ場所に立っていたのが始まりです。

現在のスタイルって言って大丈夫なのか不安ですが、僕がギターボーカルというポジションを自分で選んだのにも関わらず歌が下手で歌いたくない、という異常者だったため、メロディが限りなく少ない、または喋っているような曲が増えていきました。

なんとなく分かりやすいジャンルでもつけておくかとポエタナティヴ・ロックを自称しています。誰も自称しない限りポエタナティヴ・ロック界最高峰のバンドになります、低い山ですが。


初めて共演した時のスーパープログレ/外連味たっぷりなムードに比べて、よりグルーヴの気持ち良さに重心を置いたミニマル、まあ実際のとこミニマルではないけど…なアレンジに変化してきている印象があります。サウンドにおけるインスピレーションってどこから来るのでしょうか。


T:ケレン味があるって初めて言われたかもしれません!

結成当初は、というか今も完全にそうなんですが、僕は音楽的な理論というか本当に何もかも分かってない完全アウトサイダーマンでして、りゅう(岩崎隆太郎:dr)とあかねは音楽的な知識がありますので、僕がとりあえずよく分からない原型を持ってきて、なんとかしてもらうスタイルで楽曲を作っています。それが年々変に落ち着いてきたのかもしれません(加齢によるものかもしれないと少し怖くなってきています)。

曲のコアになるリフは偶発的に出てきたものだったり突然思いついたみたいなのが多いです、そっからなんとなく形をつけてそこから受けた印象を元に歌詞を書いたり、保存されていた夢の内容や歌詞をつけて膨らませています。


楽曲内で大事にしている部分ってどういうところですか。


T:楽曲内で大事にしている事、難しいですね。
僕は自分が面白いと思える要素…例えば拍、構成、ギミックなどがあったらいいなと思っているかもしれません。とにかく自分が楽しければ誰かが楽しんでくれるだろうと信じているので。

あと「なんか変だけどいい感じにノれるような曲」になったらいいなあ、と思って作っているかもしれません。またそれと同時に「もうなんでもいいだろこっちは楽しいし全員頑張ってついてきてください」と思っているところもあります。

また、説明が難しいんですが、聞いてて「未来の自分が作った曲を強制的に引っ張ってこれたんじゃないか」ってなるときもあってそうなると嬉しいです。


「穴」はシーケンスのフレーズも混じるテクノのような前半~中盤から浮遊感のあるコーダ部に突っ込む、これまでとはまた違ったスタジオワーク/ポストプロダクション色の強い、プログレッシブなダンスミュージックでした。
ライブバンドとしての評価の高い喃語ですが、本曲の立ち位置としては今までと変わらずですか、それともライブでの再現とは距離を置いた表現なのでしょうか。


T:!?!?!?!??!!?!??!?!?!喃語ってライブバンドとして評価が高いんですか!?!?!?!??!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?


最後に共演した青山や南堀江のライブでのパフォーマンスもオーディエンスの反応も熱かったし、フィジカル凄く強いとおそらく私のみならずみんな思ってますよ…!


T:「穴」は作っているうちにどんどん膨らんでいって、喃語の今までの曲とは少し毛色が違うものになってしまいました。一応今までレコーディングした曲の中でライブで再現不可能なものは無い(はず)ですが、「穴」も同様です。




T:ギターでループを録ってから始まって、サンプラーを使って、またギターのループを録って演奏しています。僕はサンプラーを今まで使った事が殆ど無い赤ちゃんなので四苦八苦していますが、そのうちライブでも安定するように自分の成長を心から願っています。


 *


T:現状なんか他のインタビューと比べて、喃語のだけ軽いというかアホが転げ回っているみたいになってませんかね?曲調に比べて人間が軽くないですか?そんな事言われてもだと思うけど…


大丈夫です!


 *


3人とも札幌にお住まいですが、これまで~いまの札幌のシーンやそこからの自身へのフィードバックについてはどう感じていますか。


T:他の二人は分かりませんが、僕は「札幌のバンドシーン」みたいなものをよく分からないまま活動してきましたね。このインタビューで喃語の武田が本当に何もかもよく分かってないってのが伝わってほしいです。
年々同年代でバンドやってる人も減っちゃってますます孤立してるし、もうただただ自分たちで牙と爪を研いでいきたいです。

札幌のバンドらしさとかもよく分かってないし、好きなバンドはいるけど影響を受けたバンドは居ないと思います。札幌の土地から受けた影響は絶対あると思いますが、またそれもなかなか自覚するのが難しいです。他の土地に暮らしてみると浮き上がってくるような気がします。


確かに喃語には外から見る所謂「札幌」の偉大なインディペンデントの先達たちの匂いが無いです。サウンドとしてのフィードバックはないんですね。


T:あーーーー影響じゃないんですけど今まで札幌でバンド活動をしていて一番パワーと笑顔を貰ったのは「あばばずれ」です。現在は活動していませんが、僕にとっての札幌の宝であり光でした。


今後出したい音のイメージや活動のビジョンなど伺えますか。


T:個人的には自分がギターで出したい音のイメージがもっと明確になって、それに近づける事を願っています。今はそもそも自分が求めている音が見つからずただ暗闇に石を投げ続けている状態なので…。10年以上やってて何言ってるんだって感じですが。

バンドとしてはもっとねっちりしたり、ふっくらしたり、空っぽだったり無限に続いていたり揺れていたり、深く鳴っていたり、痺れたりするような、どこかおかしくて気持ちがいい音が出せたらいいなと思っています。

喃語の活動としては次のアルバムをレコーディングしたいですね。わけが分からないなりにどの曲をどうするかちゃんと考えて進めていきたいと思います。


今回の曲が新機軸の素晴らしいサウンドだっただけに次の作品への期待値が俄然上がってしまいます、楽しみにしてます。最後に、喃語の音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


T:喃語はメンバー全員音楽の嗜好がバキバキに違うので僕にとってのでいかせてください!難しいですが!

ゆらゆら帝国 / 3×3×3
humbert humbert / まっくらやみのにらめっこ
AU / Both Lights
BATTLES / Gloss Drop
Dorian Concept / The Nature of Imitation


喃語
北海道札幌市在住のポエタナティブ・ロックバンド。2010年に結成し、2012年秋より現在のメンバーにて活動中。2016年10月、下北沢SHELTERの25周年企画でのBiSHとの2マンライブのほか、左右、トリプルファイヤー、There There Theres、快速東京、Seagull Screaming Kiss Her Kiss Her、otori、SuiseiNoboAzなどジャンルの壁を越えた様々なアーティストと対バン。2016年11月2日、1stミニアルバム『説話』をリリース。2017年4月28日、札幌SPIRITUAL LOUNGEにて初のワンマンライブ「あぱ」を開催し、大盛況・超満員となる。2017年12月、術ノ穴よりリリースされたコンピレーション『HELLO!!!vol.10』に参加。ラップでも読経でもない朗読のようなボーカルをのせて、プログレでもハードコアでもないオルタナティブな楽曲を制作している。非常にオリジナルで、微妙にシニカルで、異常にテクニカル。週末はメンバー全員でヒグマの背中に乗り、ドングリを探している。

20210201

684(『MITOHOS』インタビュー:tepPohseen)

 

『MITOHOS』ロングセラー中!今回もインタビューを公開いたします。福岡のジ・オルタナティブ、tepPohseenリーダー浅田氏のお話を伺ってます。インタビュアーの私は浅田氏のことを音楽のみならずキャラクター含めて丸ごと大好きで、ついつい贔屓目で見てしまうのですが、そこを差し引いても今回のコンピレーションのエッジィで素晴らしい楽曲たちの中でもいちばん”未踏峰”のマインドを体現している印象があり私の中ではベストトラックでした。勝手にルロウズの参加曲「ヘブン」にも親和性のある曲調にも感じるんですよね。


tepPohseenは今回のコンピに参加頂いた方の中でも最長のキャリアと思います(1998年結成)。私は1stアルバム『Some Speedy Kisses』(2016)で知って感銘を受けた完全な後追いなのですが、当初はノイズ/エクスペリメンタルな事をやっていたと聞きました。元々のバンドの成り立ち、現在のスタイルになった経緯や、ちょっと前の話にはなりますが1stアルバムのリリースまでに約20年かかった理由などもお聞かせ頂けますか。


浅田(以下A):あらゆる手法、実験により深化し続ける音楽、その素晴らしさに反応する人の認知や共有により多く知られる事となった現代の音楽的意義をもつノイズ、実験音楽とは異なります…。

90年代中頃にYAMAHAのSU-10など低価格のサンプラーを手に入れた事が始まりです。格好のサンプルとなるテレビ発信等による著名人の発言を集める事や加工する事、そこに自作の音を重ねるなど。

デタラメというかなんというか…だから何?という地平線が続いてました。


では当初はもっとラディカルで自家消費的な表現だったんですね。


A:そんな折にもうどうしても「一度で良いからライブがしたい、絶対したい」と思うようになり数少ない友人の1人に声を掛け、その時から弾けなかったけどギターを使用するようになりました。たった一人、誰もいない何もない砂漠なのか密室なのかもよくわかんないような所から出発し、友人と二人で合わせる為に音程やテンポが出来て音楽になっていく様や、スタジオなどの次の約束がある事などにとても感激しました。そうして始まった長い音楽活動は失敗だとか衝突だとかの出来不出来、奇跡を繰り返し現在に至ります。

元々が音楽と言えるかどうかわかんないとこから始まったので時間が掛かったのかも知れませんが、多分僕にとっては必要な時間だったと思います。


クールな質感、ギターのクリーントーンで鳴らす旋律や淡々と煽るアルペジオなど、tepPohseenの音には浅田さん節、というか美学が徹底的に貫かれている印象です。サウンドにおけるインスピレーションや楽曲内で大事にされている事を教えてください。


A:普遍的である事、特徴がないようにしたいなと思ってはいます、抑揚がないように。重なる音のお互いの距離とその進み方を考える事は好きです。ただそこにはどうしても好みによる決定が出てしまうのですが今、一緒に演奏してくれている人達はとても面白い提案や訂正を出してくるのでなんというかとても楽しんでいます。僕のフォーマットで開発してきてくれる感じ。


普遍的や抑揚を抑えるっていうのは理解出来ますが、特徴がないようにしたい、っていうのはかなり印象的な言葉ですね…。凄く面白い発想と思います。


A:今回の収録曲に関しても主題も伴奏も作ったのは僕じゃ無かったし、4分半まで僕はギター弾いてないです、シンバル叩いてるだけ。あとついでにみんな1人残らず僕よりギター上手です。自分を変えたい、と言う永遠の目標があるので今の状態はとても良いです。自分の気持ちや考えを進めるための曲を。聴いてもらう為に、という事はあんまり考えてないかも…。


 

浅田さんの日記からも伺える通り自身のスタジオを作ったと聞きました。「シーケンスが見る夢」は初の録音になるのでしょうか?またコロナ濃厚接触の話など含め、録音中のエピソードなどあればお聞かせください。


A:そうですね、初めての録音でした。とても嬉しかったです。日程の都合上、弦楽器などの録り直しは別のところで行いましたが今のところ十分な成果かと思います。

日程に関しては当初充分な期間を頂いていましたが不用意なライブ出演をし、全員が新型コロナウィルスの濃厚接触者か患者となってしまい会う事すら出来なくなりました。この事については2020年10月24日の日記をご参照頂ければと思います。


全員やられたんですね…!


A:皆が濃厚接触者とわかった日に大阪在住の丸山くんから録音参加の為のスケジュール調整の連絡があり、それに対して「来るな!今ここに来てはダメだ!」と悲壮な感じで言い放った僕の背後にはきっと雷が落ちていたし、編集部からは「衝撃の展開、絶体絶命…!!」などの煽り文字が入っていたかと思います。


多様な音が収録されたコンピですが、個人的には本曲こそが『MITOHOS』、そしてキュレートする私にとっての「未踏峰」の精神性をいちばん端的に表現している音に感じられました。この音にはある種の弱さとか脆さ、不器用さのようなものがあって、その一方で凛とした美学、カルマのようなプライドも感じられます。あとたまらなくギター・ミュージックということ。長い曲かつ割とミニマルな構造ながら滔々とした展開のせいか長く感じさせません。浅田さんは「SF」と表現していますが、詳しく伺えますか。


A:ありがとうございます。まず「SF」と表現したことに関してですが、「想像すること」をもう一度よく考えようと思いました。わからない事は自分で調べる、の間に「想像する」を入れようと思って。この音楽ってどんなのかな?こう言う文脈で知った音楽だけどどんな曲調だろうか、こんな風かな?と思っている間に調べた結果とは違うもう一つ別の架空の音楽が出来上がってる感じです。その時にこういう曲だったらもうマジでお手上げだなってイメージを。


モチーフに対して敢えて主観を強めにして仰望してみる、という事なんですね。それでいて自分のパートを徹底的に消せる/全体では特徴のない音を志向するというのが不思議なところですね。


A:「自分の能力」という枠とか前提が完全に取り払えるので想像するだけなら何でもあり。「未知のもので架空のもの、想像する上でもっともドキドキする事」という意味で「SF」だと思いました。誰もが皆、普通にやっている事だと思うのですが、そこを無駄にもう一回。意識的に。


tepPohseenはメンバーの住んでる場所がバラバラと聞きましたが、おそらく浅田さんはずっと福岡だと思います。「問題」というイベントを継続していたり、界隈/シーンというものについて意識的な活動されていると思うのですが、当時~いまの福岡のシーン、そしてそこからの自身へのフィードバックについてはどう感じてますか。


A:そうですね、昔も今も中心にいるわけではないので個人的な感想ですが、新しいバンドの表現は多様化し、活動歴が長いバンドも柔軟に変化していて凄いな、と思います。

なんというか否定的な気持ちで自分を表現する事が多かった時代から演奏自体を楽しんでいる、〜でなくてはならないといったような、よくわかんない不文律?がなくなっていっている様に感じます。自らの相対するものが怒りや人ではなく、どこかにある無関心や知識に向かっているような。


本曲はひとつの到達点と思いました。今後出したい音のイメージや活動のビジョンについてはいかがでしょうか。


A:活動のビジョンについて、ここの答えにとても時間がかかりました。

現状コロナ禍といわれるなか、意識的にも内容的にも変化します。今まで音楽家、音楽関連を生活の軸とされている方々の恩恵を確実に受けて活動できていました。作品であったり、施設であったりシステムであったり。

そういった方々が窮地に立たされている現在、その方々の+になるような、出来る事はやりたいと考えています。一方で音楽が収入に関係ないとはいえ僕も音楽をしていなければとても生きていられません。まだうまく言葉には出来ない新しい価値観と方法を考えたいと思います。皆と相談しながら。先人の音楽産業史(業界という意味ではありません)に敬意を持ちながらも真似をする様な進行ではなく、演奏する側、聞く側も全部一緒になる様な。


tepPohseenの音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


A:難しいので1枚で!すみません!多分あまり注目されなかったコンピこれは影響受けました!
『Various - Lo-Fi - ~Electric Acoustic & Radical~』



tepPohseen
1998年、福岡にて結成。
4人編成で活動中。
通りの良いシンプルなリズムに弦楽器のアンサンブルを展開する楽曲。

 2016年9月25日、ギューンカセットより1stフルアルバム
"Some Speedy Kisses"リリース。

20210112

683(『MITOHOS』インタビュー:ウサギバニーボーイ)

 

『MITOHOS』大好評!投げ銭などのサポートもありがとうございます。もう少しお金が溜まったらフィジカル化なども考えてます…!Bandcamp内でも日本リリースの注目作として取り上げて頂いてます。

さて今回もインタビュー公開します。広島の至宝ウサギバニーボーイよりリーダー高宮氏に話を聞きました。今回インタビューにあたり過去のものなども参考にしようと思って探したのですがキャリアの割にあまり包括的に話している記事が見当たらず、その意味でも当記事は割と貴重なものになるのではと思ってます。


バンドとしてのウサギバニーボーイはリーダーの高宮さんを中心に他のメンバーが「その時参加出来る人」のような柔軟なスタイルで活動していますが、それにしては徹頭徹尾コンポジションされたアンサンブルですよね。元々のバンドの成り立ちや現在のようなスタイルになった経緯を教えて下さい。


高宮(以下T):元々のバンドの成り立ちは大学の頃のサークル活動で始めたバンドです。そこから社会人生活、周囲の結婚生活など社会によくある岐路において御多分に漏れず、僕らも活動が少なくなっていったのですが、現在30歳くらいの子たちが大学生だった頃に知り合う機会があり、当時の大学生に支えられて活動を続ける中で、「俺もやりたい」「私もやりたい」をダチョウ倶楽部の伝家の宝刀的やりとり「どうぞどうぞ」を繰り返していたら上記のスタイルになりましたね。


生活環境の変化で止むを得ずストップするバンドも多いと思いますが、ウサギバニーボーイはクラブ/部活動的なシステムにすることによって新陳代謝を可能にしてるんですね。


T:当時の大学生は演奏力が高く、個性もあったので逃したら勿体ないという気持ちもあったと思います。現在はメンバーも少しづつ減っていき、流動的な箇所もあるのですが、だいぶ固定されてきました。


今回のメンバーはどうなのですか?


T:今回は僕とドラムはサキチヨ、ギターはオオハシくん、ベースはこうたくんですね。上記の話ではこうたくんがその頃の大学生ですね。オオハシくんはこうたくんより更に若い世代ですね。


最近やっているドラムのサキチヨさんとのデュオ編成でも、ルーパーを使ってシグネチャーサウンドと呼ぶべき複雑なギターのレイヤーを表現しています。瑞々しいメロディ、弦楽器の複雑なレイヤー、そして等身大でストレート、時にユーモラスな歌詞(またはタイトル)。といった3本柱を感じますが、サウンドにおけるインスピレーション、また楽曲内で大事にしているものはなんですか。


T:いつも最初は「こんな曲を作りたい」というようなイメージはあります。そのインスピレーションは最近であれば、twitterで見かけた音とか、久しぶりに聴いてよかった曲からだったりしますが、進捗が進んでくると「こんな曲を作りたい」から離れた着地をするのが常ですね。この離れた着地の位置が曲によって違うのが、毎回楽しみなとこではありますね。


また、楽曲内で大事にしていることは「演奏してて暇じゃない」、「ダサいのギリギリ」で作っていくことですね。よく「ダサい」に着地で足を捻ったことに気づかずに後から自分の音源を聴いて「これは…ダサいな…」となることもありますが…。


今回の参加曲「ステージ」は特に歌詞が感動的な仕上がりでした。ルロウズの参加曲も2020年という奇妙な1年を強く意識した、あるいはさせられた歌詞になってますが、ウサギバニーボーイの歌詞はもっと踏み込んだ、バンドとしてのライブハウスへのステートメントに思えます。その一方でこれもウサギのシグネチャーに感じますが、主語が曖昧になっていて歌詞と受け取り手の距離感が自由に設定出来る。歌っていることの解説なんて野暮だと承知の上ですが、このリリックについてエピソードなどあれば教えてください。


T:この曲は元々広島のヲルガン座の周年のためにアコースティックで作った曲です。なので、元々はヲルガン座という場所をイメージして作成してます。これをバンドサウンドにするときに2番の歌詞を変更しました。この歌詞変更のときにはコロナ禍であり、視聴した人と共有できるような風景をイメージしましたね。




この曲を聴いて大事な場所を想起する。という行為に繋がれば嬉しいな。と思います。


現在のバンドのアレンジメントについては完全に一人で作ってますか、それともサキチヨさんや他のメンバーのフィードバックがありつつ磨いていく感じなのでしょうか。


T:個人的には曲と歌詞、あとは自分のギターパートを考えて、あとはメンバーが好きに肉付けしてもらって、自分が思ってもいないような曲の仕上がりになる。というのが理想なのですが、メンバーから「曲作りに時間がかかりすぎる!」との指摘があり、これからはまずは一人で作り上げてからメンバーに渡すという感じにシフトしていこうと思っています。


分業的な編曲が理想なんですね。


T:ま、メンバーが好きに肉付けしてもらったものに対して「うーん」と言って「〇」をなかなか出さない僕が原因なんですけどね。


皆さんの活動している広島という街のシーン、またそこからの影響みたいなものについてはどうお考えですか。私からすると関西、四国、九州へのアクセスが良くて人口も多い、都会も田舎も混ざっている、可能性に満ちた場所に感じるのですが。


T:個人的には広島は東京文化圏の最西端だと感じることが多いです。なので、多くの地元文化が「東京に憧れて…」を下地にしているように感じています。不思議なことに広島より西は独自文化圏を出しているシーンが存在するのですが、広島は独自文化圏が小さいな。という印象です。


興味深い視点です。


T:これは先人となる僕ら含めた年配の人間が作った地元との繋がりの希薄さ、後輩の面倒見の悪さなども大きく起因すると思っているので、少しずつ是正していけたらな。と思いつつ、なかなか出来てないのが実情ですね。

土地的には指摘のとおり、様々な文化と混じり合える距離だと思いますが、「東京に憧れて…」を下地に敷いている反面、近郊都市には「広島であること」を強気なプライドとして持っているので、周囲の街からは嫌われている気がしますね。あ、途中から音楽の話ではなくて土地の話になってますね。


ライブでは定番曲もやりつつ、常に新曲に取り組んでいらっしゃいます。またコロナ禍の前は台湾ツアーなど海外での活動も視野に入れられてましたよね。(あとカレーを死ぬほど作ってる印象もあります)
今後出したい音のイメージ、活動のビジョンを聞かせてください。


T:音としては一音聴いて「あのバンドね」と思ってもらえるような音の作り方ができればと思っていますが、具体性はないですね。あと最近スタイルを守るという考えが強い人間のように自分を評価しているので、スタイルを崩すを目標に据えていかないとな。と思っています。

活動はどんどん国外にいきたいですね。世界を探せば、今のままの音楽でスタンディングオベーションされまくる地域が存在するのでは?と思っているので(笑)。


ウサギバニーボーイの音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


あまり音楽のインプットが多いタイプではないので、「おぉ」というものはないと思いますが…
・panicsmile+人間のスプリットのやつ/小粋なジョニーって歌ってるやつですね。
・小田和正/オフコース時代が一番かな
・foals/Antidotes
・climb the mind/ベレー帽は飛ばされてとかが好き
・don caballero/American don


ウサギバニーボーイ
広島を拠点に20人のメンバーが在籍し、流動的編成で活動するインディーロックバンド。単音を駆使した奇抜変態フレーズのアンサンブルからストレートでキャッチーなメロディに突入するという"ウサギパターン"をフルに採用したオルタナティブとポップのハイブリッド。

20210101

682(『MITOHOS』インタビュー:shiNmm)

 

あけましておめでとうございます、本年も宜しくお願いいたします!さて年明け1個目の記事ですがルロウズの事ではなく引き続き『MITOHOS』インタビュー公開します。自己犠牲とかでは特段なくてタイミング!

今回は山口のアンファンテリブルshiNmm。彼らは勿論、彼らがリードする現行山口のシーンは本当に独特で魅力的で、新しい感覚のオルタナティブたちが群雄割拠している印象で目が離せません(詳しい誰かにまとめてほしい)。

shiNmmは初めて音を聴いた時に心から吃驚しました。出る音に邪気や欲気がなくて、でも超オリジナル。そしてインタビューでも聞きましたがいちばん4人の良い瞬間だけを的確に捉えた、どこか涙の零れそうになるような刹那的な音像。4人がギッコンバッタン一生懸命紡ぐ、かけがえのない”バンド”なサウンド。でいて超ふざけてる(良い意味で)。日本のインディのバンドは音源だと大体音が気持ち悪くて、私はどれだけ好きなバンドでもほぼ盤では聴かないのですが、彼女たちの1stは音が気持ち良くて死ぬほど聴きました。USツアー中の砂漠800kmの地獄の行程でも聞きました。
今回は新アルバムレコーディング中の噂も聞く彼女たち、リーダーのgtやまざきまなぶ氏に話を聞きました。


shiNmmの音楽、それからバンドの生来的に持っている在り方みたいな部分に関して、傍目には奇跡のように思われます。

極端に遅いBPM、スキマたっぷり、そういう文脈では所謂”枯れたアンサンブル”なのに、どこか瑞々しいフィーリングや”青春”と言ってしまっても差支えないような刹那的な煌めき。バンドの成り立ちやここまでの音の変化について教えてください。


やまざきまなぶ(以下Y):shiNmmが今の演奏スタイルに至ったきっかけは、癖を漂白せずに、その癖から生まれる揺れやブレを活かす方向に向かい始めた所にあると思います。


もともとあるものをひたすらポジティブに活かす、ということなんですね。


Y:時間ごとに変化する僕たちの癖は脆弱で、メトロノームなどのスクエアな基準や制度に直面すると超えられずに死んでしまうものばかりです。しかし、演奏として成立させるには何か点や連続性が無いと困難なので、僕たちはそれをお互いの息遣いや間合いの中に見出しながら演奏しています。


サウンド面においてはスネアのピッチひとつまでまなぶくんがディレクションをしていると聞いてましたが、ライブではボーカルさないさんの謎そのもののモノマネコーナーがあったり、ヘンな息苦しさや気負いみたいなものがメンバー間にありません(水面下であるのかもしれないけど)。バンドを動かす力学のバランスについて考え方みたいなものはありますか。


Y:息苦しさや気負いが感じられないのは、無理をしないという考えが僕らの中にあるからじゃないでしょうか?

ちなみにゆかみりやのスネアのチューニングは、できないので僕がやってました。最近はゆかみりや自身がする様になってきてます。


あっ、そうなんですね。


Y:できないことをできるようにするよりも、できることの密度を上げていくみたいな。野放しの癖を更に豊かなものにするみたいなものが僕らのバランスでしょうか。


直近のライブではニューウェーブ/ストレンジ感の強い楽曲の印象がありますが、一方で1stアルバム収録の「ゆうれい」や「なんでなんだろう」などメロディアスでリリカルな側面もありますよね。サウンドにおけるインスピレーション、それから楽曲内で大事にしている事はなんですか。



Y:とにかく皆んなの癖や個性が響き合うような曲を作るようにしています。曲から個々人の役割を規定したり考えていくのではなくて、個々人から曲のイメージや全体像を考えています。

その手法にも限界を感じるので、新しく視野を広げるか角度を変えるか…その点について試行錯誤しています。


東京の人間からすると山口という土地には神秘のヴェールがあります。佐々木匡士さん、ドラびでお一樂さん、skillkills弘中兄弟、山本達久さん、そしてshiNmmの界隈でもfurateやelephant、ふーふーくうなどなどキラ星のように才能たちが割拠してます。住んでいる街からの影響、近しい界隈からの影響っていうのについてはどう感じられますか。


Y:上記の皆さんは本当に素晴らしいアーティストで、同郷ということを抜きにして尊敬しています。

僕は湯田温泉という地域のOrgan's Melodyというイベントスペースに居着いていて、shiNmmもそこを中心に活動をしてます。湯田温泉には所謂シーンみたいなのは無いのですが、無いからこそ色んな音楽が入り乱れていて、いろんな人が交流してて、そういう有り様にとても刺激を受けています。


東京だと母数が多いので近しい界隈ごとに蛸壺化/先鋭化してしまいがちなのですが、多様性とか刺激という意味では良し悪しかもしれませんね。


Y:そういうのはとても大切だなぁと感じます。


コンピ参加曲と並列で現在アルバムの制作中という話を聞きました。今後このバンドでどういう音を作っていきたい、どんな挑戦をしたいと思ってますか。


Y:アルバム制作は頓挫しかけていて、いま仕切り直ししようと思っています。僕はメロディ作るのが本当に苦手で、いままで避けて来たのでそう言った部分での響き合いに真剣に向き合いたいと考えてます。

次の作品では、荒々しいけど美しくて4人の確かな実態を掴めるような作品を作りたいです。


shiNmmの音にとって、あるいは自身にとってのオールタイムベスト5枚を教えてください。


Y:shiNmmにおいては構図や仕組み作りにおいて音楽以外からの影響が非常に強いので、そこも含めて挙げたいと思います。ベストな音楽については日々変わるので、今の形を築くのに特に影響を受けた作品を挙げました。

1.高野文子/棒がいっぽん

2.宮澤賢治/銀河鉄道の夜

3.Doit Science/information

4.わたなべよしくに/でもでもでも

5.日本民謡大全集


shiNmm
あまりにも無垢な佇まい、チャーミングであどけない4人が鳴らすのは90年代から現在、近未来までを柔らかく包み込む彼岸のアヴァンポップ。諦めと祈りが混在するドライに俯瞰したリリックとバンドミュージックの本質をメタ的に捉える達観したサウンド。


https://deaftouch.bandcamp.com/album/mitohos